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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)1161号 判決

控訴人 大阪中央信用金庫

理由

一  昭和四一年七月一四日、控訴人に対し丸山三郎および増田真弘の各名義で金額各五〇万円、期間一カ年、利率年五分六厘の約定の二口の定期預金(本件定期預金)の預入れがなされたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、本件定期預金債権者は被控訴人であると主張し、控訴人は叙上のとおりこれを争い、預金債権者は訴外丸山武茂であると主張するので、以下この点について順次判断する。

二  《証拠》を総合すると、次の各事実が認められる。

1  訴外アサヒ火熱工業株式会社は、昭和三八年八月五日控訴人との間に手形割引等による継続的融資契約を結び、訴外会社の代表取締役である丸山がその連帯保証人となつて取引を始めたこと。

2  訴外会社は、昭和四一年六月末当時、控訴人から、控訴人に対する約一七〇万円の定期預金、約五〇万円の定期積金、二〇万円の出資金を実質的担保とみ、うち九二万六〇九四円の定期預金に正式の担保権を設定して、約五〇〇万円の手形割引を受けており、担保権を設定された預金証書は、すべて控訴人に預けてあつたこと。

3  丸山は、控訴人の訴外会社に対する手形割引の枠を増額してもらおうと考え、自分に預金をする金銭的余裕がなかつたため、同年七月一〇日頃、控訴人本店を訪れ営業部次長板東隆雄に対し「他人の預金を一〇〇万円ないし二〇〇万円集めてくるから、その礼として訴外会社に対する手形割引の枠を増額してほしい。」と申入れたところ、板東は「それは結構なことであるから、預金を集めることについて協力願いたい。」と答え、他人の預金では困るとは云わなかつたこと。

4  そこで、丸山は、かねてから訴外会社に資金援助をしてもらつていた被控訴人に対し、右の事情を説明して一〇〇万円程控訴人へ預金してほしい旨協力方を懇請し、その結果、被控訴人もこれを応諾し、「控訴人に預ける定期預金は被控訴人のものであるが、税金対策上架空名義にし、預金証書は直ちに被控訴人に交付するように。」と指示したうえ、控訴人に預金する分として同月一四日一〇〇万円を丸山に手渡したこと。

5  丸山は直ちに右一〇〇万円を持参して控訴人本店に至り、同店営業部の仁木孝也に対し、五〇万円宛二口に分け、一口を以前訴外会社に勤務していた増田某の印鑑を使用し、丸山の長男の名を使用して増田真弘なる架空名義とし、他の一口を丸山の印鑑を使用して丸山三郎なる架空名義として(それらがいずれも架空名義であることは当事者間に争いがない。)定期預金をする旨申込み、控訴人から右架空名義の本件定期預金証書二通の交付を受け、即日右増田、丸山の各印鑑と共に被控訴人に渡したこと。

6  丸山は、右預入れ手続をするにあたり、仁木に対し、右預金が自分の預金であるとも被控訴人の預金であるとも明示せず、ただ架空名義を示し、住所も架空としたのであるが、仁木は、前記板東から誰の預金とも聞いていなかつたので、丸山が来店して預入れ手続をしたことおよび架空名義の一口を丸山とし、他の一口を息子の名を使用したことから判断して、丸山が架空名義で同人の裏預金をするものと考えていたが、その点について丸山に問い質したことはないこと。

7  控訴人は、本件定期預金をいわゆる見合預金として、自由な払戻を許さない扱いをし、本件定期預金を見返えりに訴外会社に対する手形割引の枠を約二〇〇万円増額させたこと。

8  しかし、控訴人は、本件定期預金はすべて丸山の裏預金であるとしながら、控訴人備付の正式帳簿である定期預金補助元帳(乙第三号証の一、二)には、本件定期預金の預金者として前記架空の増田真弘および丸山三郎の各名義が記載され、丸山武茂が預金債権者であることの記載は何等しておらず、また、控訴人が貸付をするについて関係預金の有無を記載したメモ(乙第四号証)および貸出金申請書に添付して本店審査部に提出する利害関係合算附表(乙第六、第一一号証)にも、本件定期預金債権者が丸山武茂であるとの記載はされていないこと。

9  控訴人は、また、本件定期預金を見返えりに訴外会社に対する手形割引の枠を増額させるにあたり、あるいはその後訴外会社が昭和四一年一一月倒産した後も、丸山に対し同人の担保差入書を徴するとか、定期預金証書に届出印鑑を押捺して提出させる等正式の担保権設定の要請をしていないのみならず、これをいわゆる見合預金であるとしながら、金融機関において、預金額を留保して拘束している場合に要求されるその旨の通知を債務者にしていないこと。

10  被控訴人は、昭和四二年七月一四日本件定期預金が満期となつた直後、本件定期預金証書の裏面に所要の署名捺印をしたうえ控訴人本店に赴き、払戻を請求したところ、控訴人は「訴外会社に対する債権の担保に入つているから支払うことはできない。」と云つてこれを拒絶し、さらに、被控訴人から「本件定期預金証書と届出印鑑は自分が所持しており、また、担保に入れることは承諾していない。」と反論されるや、「見合預金であるから払えない。」と答えたこと。

11  控訴人は、その後昭和四二年七月二九日付の内容証明郵便をもつて、丸山に対し、本件定期預金を訴外会社に対する不渡手形買戻請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたこと。

以上の事実を認めることができ、丸山武茂、板東隆雄の各証言、被控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲他の証拠と比照してたやすく信用することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  以上認定の事実によれば、本件定期預金は被控訴人が架空名義で出捐したものであつて、控訴人主張のように丸山が出捐して架空名義で預金したものでも、丸山が被控訴人から一旦借受けたうえ架空名義で預金したものでもないことが明らかである。

四  そこで、さらに、被控訴人出捐にかかる本件定期預金の預金債権者が誰であるかについて判断する。

架空名義の記名式定期預金については、預金名義人をもつて預金債権者とすることができず、また、一般に銀行等金融機関においては、預金のため来店した者に預金債権者の住所、氏名を届けさせるけれども、迅速かつ定型的に処理されるべきことが要請される窓口業務の性質上、来店した者が本人なのか代理人または使者であるのかを確認せず、届出た住所氏名が真実なのか架空なのか等については一切特別に調査しないで預金を受入れる建前をとつていることは公知の事実であつて、特別の場合を除き、預入れに来店した者をもつて直ちに預金債権者と認めることは、銀行等金融機関業務の実情に適さない。そして、預入れの際特定の者を預金債権者とする旨の明示または黙示の意思表示がなされた場合は、一応その者をもつて預金債権者と認むべきであるが、そうでない限り、自己の預金とする意思で自からまたは代理人等を通じて預入れをなす者、すなわち出捐者をもつて預金債権者と認めるのが相当である。

これを本件定期預金についてみるに、叙上認定のとおり、本件定期預金の出捐者は被控訴人であり、丸山は被控訴人の指示に従い架空名義で預入れの手続をしたのにすぎず、しかも、丸山は預入れるに先立ち控訴人本店営業部次長板東隆雄に対して他人の金を集めてきて預金をする旨述べ、その後預入れるに際し、被控訴人のためにするものであることを示さなかつたが、さりとて自己の預金であるとも云わず、前記の架空名義で預入れる旨申入れたのにすぎないから、丸山を預金者とする旨の明示の意思表示がなされたものと認め得ないのは勿論、叙上認定の預入れ当時の状況から、直ちに丸山が自己が預金者であることを示す行為をしたものと認めることも困難であるから、本件定期預金が丸山の預金であることの黙示の意思表示があつたと認めることもできない。控訴人が丸山の裏預金であると判断したとしても、何等丸山に確かめていない以上控訴人の一方的、主観的判断にすぎず、控訴人における預入れ後の手続も全面的に丸山を預金債権者として取扱つているとは断定し難い。

そうだとすれば、本件定期預金債権者は被控訴人であると認めるのが相当であつて、被控訴人において満期後控訴人本店に出向き、裏面に所要の署名捺印をした本件定期預金証書を示して払戻を請求した以上、他に主張立証のない本件にあつては、控訴人においてこれを拒否する理由は全くなく、控訴人は被控訴人に対し本件定期預金額とその所定利息を支払うべき義務があるものといわなければならない。

五  そして、定期預金は、その性質上取立債務であるから、預金者の請求がない限り満期日を徒過しただけでは履行遅滞とはならないところ、叙上認定のとおり、被控訴人は控訴人が相殺の意思表示をする以前に、裏面に所要の署名捺印をした本件定期預金証書を控訴人本店に呈示して払戻を求めたのであるから、控訴人は遅くとも昭和四二年七月三〇日から遅滞に陥つたものというべく、したがつて、控訴人は被控訴人に対し、額面金一〇〇万円ならびにこれに対する昭和四一年七月一五日から昭和四二年七月一四日まで年五分六厘の割合による約定利息金五万六〇〇〇円および遅滞後の昭和四二年七月三〇日から完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金を支払う義務がある。

六  そうだとすれば、被控訴人の本訴請求中右の部分を認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 島崎三郎 上田次郎)

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